寺院トラブルに巻き込まれることは、伝統や先祖供養を大切にする人にとって、大きな心の負担となります。
これまでに私のところへ改葬の相談にみえたかたは、例外なく、「お釈迦さまの教えは尊い」、「伝統や儀礼は大切にしたい」という考えのかたでした。
「お金で片づけばいい」という考えであれば、商談のように値段交渉をして落ち着くため、トラブルには発展しにくいからです。
家族の闘病や介護の苦労を話して高額を支払えない理由を示しても、そこにはお寺側は共感してくれず、問答無用で「お金の話」ばかりされるために、ご先祖さまに申し訳ないという気持ちでいっぱいになりながら、苦渋のなかで離檀を決意されているかたもありました。
☑お寺と揉め事など起こしたくない。
☑安らかに眠っている先祖だって不憫。
☑できることなら、裁判などしないで円満解決したい。
☑しかしお寺は聞く耳を持ってくれない。
ご安心ください。「お寺が何を考えているのか?」、「なぜ、高額を請求されるのか」。ベースにある事情を把握すれば、話し合いの糸口もみえてきます。
改葬あるいは墓じまいをきっかけとして、檀家という立場から退く場合。お寺側がすんなり納得してくれないことが、よくあります。数百万円にものぼる「離檀料」+お墓の撤去費用を要求されたという話も珍しくありません。
そもそも、「離檀したい」という気持ちはどこから起こったのでしょうか。そう思い始めた段階で、お寺側になんらかの意思を示していたでしょうか。
そうです。離檀料の要求がなぜ起こるかといえば、縁を切りたいという申し出がある日突然になされ、お寺にとっては「寝耳に水」だからです。
そもそも檀信徒関係というのは師弟関係同様、「信頼のもとに」築かれているという前提が(お寺側には)あります。離檀の話にいたる前に、なにか不都合や不服があったなら、春秋のお彼岸参りやお盆の棚経のときにでも、話してくれればよかったのに……という思いが、(お寺サイドには)生じます。
ご近所づきあいでもなんでも、要望や不満をまずは小出しにするものであって、ある日いきなり訴訟を起こすなどというのは、ちょっと乱暴なやりかたでしょう。ところが、寺檀関係においては、ある日いきなり引導を渡してしまう、というケースが少なくありません。そりの合わないお隣さんに対してすら決してしないような非礼を、長年先祖供養をおまかせしてきた菩提寺にたいしては、平気でなさるかたがいらっしゃるんです。お寺からしたら、「そんな非礼な人とは縁を切ってもいい! だけど、寺の経営だってあるんだから、払うものは払ってもらおう」という考えになってしまうわけです。
托鉢にまわったっていくらもお布施が集まらないであろう現代のお寺にとって、墓地の年間管理費や、墓地使用契約を結んでいる檀信徒の葬儀法要の布施収入は命綱です。
「お寺は宗教法人なんだから、カネ勘定などしてほしくない」と思うのが一般心理かもしれません。しかし、お寺の大半は家族経営のような小さな規模です。檀信徒数が年間に数%減ることは、10年後の経営破綻を意味します。
さらに、「全国で改葬・墓じまい流行り。離檀相次ぐ」という情報があいまって、お寺サイドもまさに日々、戦々恐々としているのです。そのため、墓じまいをなんとか食い止めよう、あるいは墓じまいのときにまとまったお布施をもらっておこうとするお寺が出てきているのも事実です。
中見出しのようなことを言われたかたは、じっさいにけっこういらっしゃいます。
しかし、「祟る」という考えは、仏教にはありません。
なにかをしないとよくないことが起こる、と脅して布施を要求するのは、危険といわれるカルト宗教と同じこと。仏教のおしえではありませんので、ひるまないようにしましょう。
そもそも、弔い上げが済んでいるような、ずっと前に亡くなったかたの遺骨についてまで、再度の永代供養が必要というのは、おかしな話です。
「住職さま、きちんとご供養してくださっていたのではないのですか!」
と、逆にお尋ねしてもよいくらいだと思います。
「お寺は儲かっている」という印象があるかもしれません。しかし全国に7万5千ほど存在する仏教寺院のうち、お寺の布施収入だけで楽に運営できているところは、2割程度にすぎません。6割以上が兼業。跡継ぎのいない寺も宗派によっては3割にのぼります。
しかもお寺の補修費というのは莫大で、文化財登録などしていればなおのこと、瓦ひとつ交換するにも何十万、壁を塗り直すのに何百万とかかったりします。
昔の檀家は、村に1つの文化財を「ともに支えている」意識がありました。財力で支える人もいれば、草むしりや掃除など肉体労働て奉仕する人も。
お寺が村の集会所であった頃の話です。
いま多くの都市部では、お寺と檀家宅が車で何十分も離れているうえ、檀信徒どうしの横のつながりもほとんどないので、お寺はメンテナンス費用をすべてお布施と管理費で賄うしかなくなっています。
心の相談(生老病死の悩み相談)に乗ってもらえないのに、死んだときだけ何十万もとられるのは心外だ。
ごもっともです。
しかしわれわれのほうも、するべきご奉仕を長年の間、「お金で」、それも微々たる金額でしか、してこなかったんです。
納骨に高額を要求されて離檀を検討されているなら、まずはこうした事情を把握しましょう。
そして電話や手紙ではなく、アポイントメントをとってお寺へ出向き、ぜひじかにお話ししてください。
お寺の経営も大変だということはわかります。しかしわが家も父の闘病で預金もすっからかん。申し訳ないが、しばらくの間、お寺とまともなおつきあいのできる経済的余力がありません。
もちろん、時間を割いてお話を聞いていただくのですから、ご本尊にお供えは持参しましょう。そして、年間管理費はどのくらい待っていただけば支払えそうなのか、いくらまでなら払えるのか、具体的にお話ししていきましょう。
話し合いの結果、納得できる部分があれば離檀を保留にできるかもしれません。
しかし残念ながら、かえって「お金がないなら、むしろ縁を切って出て行ってほしい」という反応が返ってくるケースも皆無ではありません。
こちらが理解を示しながらお話ししてもなお、お金の話しか出てこないようでしたら、こうおっしゃってください。
お釈迦さまの教えは、私どものように病気や貧乏で苦しんでいる者を救ってくださる教えではないのですか。和尚さまのおっしゃる金額を払えなければ、そのありがたい教えをいただくことさえできないのですか。
それでも納得のいくお答えをいただけなかったら、最後はこんなつくり話を切り出してみる奥のテも(もちろん、架空の話で構いません)。
では近所のかたの勧めもあるので、○○学会の門を叩いてみますね。あちらは毎月の新聞代が3000円ちょっとかかりますが、少なくとも私どもの悩み苦しみを聞いてくださいます。教えについてもたくさん学ばせてくださいます。
ここまで言ってしまえば、離檀の決意も固まることでしょう。ご先祖さまに申し訳ないと苦しむ必要もありません。
すでに埋葬されてしまっているご先祖の遺骨を取り出すには、お寺の印(改葬許可証への捺印)が必要です。お寺側の事情も汲んで話した上で、それも話し合いがまとまらず、さらに遺骨の返還を拒まれるようなら、当事務所か弁護士にご相談ください。
法テラス(弁護士会の相談)や弁護士の先生に相談されるときは、宗教上のトラブルとしてではなく、「遺骨の返還要求」であることを明確に主張してください。
「和尚さんのこの言葉に傷ついた」、「仏教寺院として信頼できない」といった心情的なことは出さず、遺骨をめぐる“物権の争い”に論点を絞ります。信・不信の問題となると、「宗教上のトラブルは裁判にそぐわないので争えない。あなたのご親族がそのお寺を信頼して永代使用契約を結んでしまったのだから」と言われてしまう場合があります。
※調停や裁判を望まれないかたは、当事務所へご相談ください。その場合は、心情的なこともお話しいただいて構いません。
・当事務所の改葬手続き報酬の目安 10万円~(案件の複雑さにより加算) +交通費・日当
・お寺と直接話をしたくない、遺骨を預かってきてほしいという場合は、別途日当・交通費(石材店に車を出してもらう場合もありますのでそのお礼など)が割り増しとなります。
では、お寺が求める離檀料の根拠はいったいなんでしょう?
雑誌やネット上でしばしば書かれるように、「離檀していなかったら収入になったであろう、すでに納骨されている人の三十三回忌法要までのお布施をまとめて先取りしよう」などという発想は、ほとんどのお寺には「ない」と、私は思います。
それよりも、現場のお坊さんがたの声をうかがうと、「何百年続いたこの寺を、私の代で途絶えさせるわけにはいかない」という思い込みが強い場合が多いように感じます。
歴史あるこの寺を絶やさないため…… 取れる人からは少しいただいておかないと。
しかしその思いが、あさっての方向へ派生しているケースも少なくないのは確かです。
☑寺を絶やさないため、後を継ぐ息子を仏教大学へやらなければならない。
☑修繕費が何千万にもなるのに、このままでは捻出できない。
宗教法人ですから、「信仰」あってのお寺です。その維持費を、信仰をもう持っていないよと、勇気をもって離檀の意思を示した人へ請求するのはお門違いです。信仰をあつめられなかったのであれば寺をたたんで、市井に出てまた一から布教をすべきなのです。
寺院施設を半永久的に保たなければならない、なんていう考えは、お釈迦さまの教えにありません。むしろ逆です。諸行無常。形あるものはいつか滅びる。形ある財に固執するな、ということを教えるのが仏教です。
私が改葬に伴う離檀のご相談を受けたときは、このあたりのお話からお話ししていきます。
そうしますとたいていは、離檀するかたへ請求すべきは「撤去費用」と、お墓を移すにあたり御霊抜きの読経をしていただくためのお布施、というあたりで落ち着いてゆきます。
「一文も払いたくない」というお気持ちであったとしても、お身内の遺骨を取り出す場合の御霊抜きという儀礼は必要です。
また、すでに墓石やカロート(骨壺の入るスペース)を撤去し更地に戻すには、おおむね坪当たり10万円前後の費用がかかります。これは、使用者の負担すべき金額です。
過去に厳しい言葉を浴びせられるなど、しんどい思いをされたかたもあるでしょう。
しかし、そこはこれまでの仏縁に報いる思いで、撤去費用のご負担と、御霊抜きの読経については、お断りにはならないほうがよいと考えます。
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