鳥取県行政書士会の研修講演におうかがいしたついでに、ご案内いただきました。
小高い丘の上に建つ神社で、江戸期までは海に浮かぶ島だったそうです。
187段の石段を登った先は、日本海を見渡す絶景。
出雲大社の方角を向けしめ縄のかけられた門もありました。
20年前、原因不明の病で先の見えなかった頃。清水寺の音羽の滝で、転機をいただきました。
当時はこの泉に賽銭をする人が多かったのですが、病をなんとかしたい気持ちもあり、少しでも遠くへコインを投げ入れようとして、勢いで、真夏のサンダル履きのままイズミの中へジャポンと入ってしまったのです。
清水を土足で汚してしまった、という申し訳ない気持ちが強く残り、潜在意識の中で“仏さまごとで御恩送りをせねば”との思いに火が灯されたキッカケがそこにあったように思います。
講演で仙台泊。駅の東口に、出羽三山や恐山の気を感じられる塩竃神社がありました。
朝から思いがけずお詣りできるのは、ありがたいことです。
二度目の参拝です。
前回、清らかなパワーに感涙してこちらの脇の鳥居を見逃していたのですが、この奥に願い石と狐の穴があり、今回は奥までお詣りすることができました。
病は癒え、願が開ける気に充ちていました。
ちょうど3年間おつきあいした御霊に、もう私を使うのは諦めましょうよと、離れていただきました。
約1年ぶりの護国寺詣り。
少しだけ紅葉もたのしめました。
昨年まで2年くらい耐震工事でシートをかぶっていた喜多院。
工事後初めての訪問となった日は、高い空の秋晴れで、坪庭の空がご覧の通り澄んでいました。
この地に縁のある友人と、久しぶりに川越を訪れました。
なんと、これまでいつ来ても門が閉まっていた仙波東照宮が、家康公四百年記念で一般公開されていました。
噂に聞いていた三十六歌仙の額も、鷹狩りの絵も、拝むことができました。
明治の廃仏毀釈で建物が破壊され、卵塔が倒れたり石碑がひび割れたようになったまま放置されていた、南院跡。
ほぼ1年半ぶりで川越に気持ちが向いて立ち寄ってみたら、整頓されてすっかりきれいになっていました。
学生時代の哲学教授O先生を訪ねて府中に来ました。
予定しない参拝に感謝。
檜の香が心地よい秋の午後でした。
出雲の洞窟からはミイラも発掘されており、1万年前から勾玉をつくっていたとの噂も。
この神社の祈り石で、手持ちの勾玉をお清めしてきました。
わが家の鎮守さま、諏訪神社です。
とにかく明るく清々しい神社。高島平の平原を見渡せます。
春先の「田遊び」は、国指定重要無形民俗文化財です。
私が小学生の頃に建立された東京大仏。高島平団地の住民にとっても、楽しみな名所でした。
なにか人間関係がこんがらがったり、やることが多すぎて頭がグッチャになったときは、徒歩20分の散歩道でこちらへお参りにやってきます。
たくさんの鯉のいる池を眺めるのも醍醐味のひとつ。
香取神宮へお詣りしたあとはココ、うの和茶房のノスタルジックな空間がイチオシ。
甘すぎないよもぎ団子。自家焙煎のまろやかな珈琲。そして薬膳カレー。
私が行ったときは、荒井由実時代のユーミンの曲がアナログ版でかかってました。
鞍馬山のてっぺんで、環水平アークが見えました。写真では色がはっきりしませんが、肉眼では七色に輝いていました。