スマートな隠居を、あらゆる世代へ

私が受講した文化庁の宗教法人実務研修でも、「予算は作成すべき」と指導されていました。

予算化は、宗教法人さまご自身を守るために必要な場面もあります。
反面、宗教法人が予算に縛られては、「目の前に困窮した人がいたら手をさしのべる」といった自在な活動が制限されることにもつながります。

予想外の多額のご寄附があったとします。

これを、その場しのぎで「車が古くなっていたから買い換えた」、「門の塗装が剥げてきていたから塗り替えてもらった」など、都度の判断で使ってしまい、年度が終わってから報告するとします。

責任役員も檀信徒の皆さまも、それぞれに考えをお持ちですから、「車種が少し豪華すぎでは?」、「ご寄附があったなら、被災地支援に回したほうがよかったのでは?」などと思われかねません。

檀家は、フランクに意見を言ってはくれません

注意したいのは、そうした小言は陰で囁かれるばかりで、住職のお耳には入りづらいということです。
信徒は、そのお寺に墓があり、死んだアトまでお世話になるのです。
自分が死んだあとで毎日お経をあげてくれる人(またはその寺の人たち)に、「面倒な相手だった」とは、決して思われたくないのです。よほどの覚悟で文句を言ってくれるのは、離檀を覚悟しているときかもしれません。

文句が蓄積されないように守るのが、予算の効果

こうした文句が水面下で沈殿していかないよう、毎年きちんと予算をつくり、責任役員会で意見を出してもらい、総代会でも承認してもらうことで、お寺を守ることにつながります。

予算のシバリが、お寺の柔軟性を奪う

いっぽう、総代会や責任役員会に出てくる人たちは、寺を私有化する傾向も否めません。お寺のためにお金も時間も割いてきた、自分たちのお寺だ、という意識を持ってくださることは、お寺の経営のためにはありがたいことです。

しかし、宗教者としての自在な活動を阻害されることがあっては、本末転倒です。

3・11の年。浄土宗は法然上人没後800年忌、浄土真宗は親鸞聖人没後750年忌でした。年忌行事のための膨大な予算を、このまま執行すべきか、被災地支援に回すべきかと、議論が白熱しました。
結果、一部宗派は年忌法要を縮小しましたし、「このような時だからこそ、盛大に法要を行うべき」との判断をされた宗派もありました。

宗派全体のことであれば、そこへ檀家総代会や責任役員会といった一般信徒が物申すことはないのですが、一ヵ寺(一宗教法人)のこととなると、そうはいきません。

地域に自然災害があり、今年の予算の一部を災害支援に充てたいと住職がお考えでも、「寺の門が立派になるならと50万出資したのに、外部の支援に充当するとは何事か」などと決算の時点で異議を申し立てられるようなことがあっては、宗教心からの自在な活動を阻害されていると言わざるをえません。

予算をアレンジしても納得してもらえる日頃の縁が大事

結論をいえば、予算は作るけれども、「何かのときは、住職の好きに使ってかまわないよ」と、予算と多少異なる決算内容でもすんなり認めていただける信頼関係を築いてゆかれることが第一と思います。

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